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作品名 あん 評価 評価評価評価評価評価(5)
タイトル 受賞の可能性
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2015/06/21 08:48:14

「ねえ、映画見に行かない」
「何を?」
「アン」
「洋画かい」
「日本のよ。樹々希林が出るの」
「気が進まないね」
「お菓子の餡よ、あんこの餡」

てっきり「赤毛のアン」と思い込んでいた私は、意表を突かれました。
実は、洋菓子より、和菓子の方が好きなのです。
それも饅頭や大福などです。
私は、見た目の美しさより、実質を重んじる性質(たち)です。
華美な装飾を施さない、単純素朴な菓子が好きなのです。
そう、団子もいいですね。
ちなみにあれは、焼いて焦げ目をつけ、醤油タレをつけたのが好きです。

今回の、NHKの朝ドラは、ケーキ作りの職人を目指す、ヒロインを描いています。
パティシエという言葉が、頻りに出て来ます。
しかし、洋菓子を好まない私は、これを他人事のように、冷めた目で見ています。
生クリームなんか、舐めたくもない。
巧緻を極めたケーキが、画面に登場しても、実はほとんど、感激しないのです。

「行ってもいいよ」
「そう来ると思った」
さすがに妻です。
私の嗜好と習性を、当然ながら、熟知しているのです。
ちなみに私は、家庭内において、衣食住何でも、彼女の言いなりです。
亭主とは名ばかり、実は徒食者のようなものです。
ゴキブリが出た時だけ、にわかに頼られます。
「お願い、なんとかしてー」と。

 * * *

饅頭ではなく、どら焼きでした。
それも、和菓子店ではなく、どら焼き専門店でした。
そうです。
カステラ風の生地に、餡を挟んだだけの、簡明な菓子です。
それを、客の眼前で焼き、食べさせるのです。
その店頭風景から、映画が始まりました。
店長は雇われです。
若い男です。
どら焼きが好きだからではなく、従って、菓子作りに精魂を込めるわけではなく、
惰性でやっている感があります。
店は簡素です。
というより、貧相です。
その名を「どら春」とは、いかにも安直なネーミングではありませんか。

桜の木が並ぶ、東京郊外の、町の一隅にあります。
その桜の満開の日、一人のおばあさんが、店を訪れ、自分を雇ってくれないかと頼みました。
時給なんか、三百円でも二百円でも構わないと。
それもそうです。
今時七十六歳の老婦を、雇ってくれる職場なんかありませんから。
一旦は断ります。

しかし、参考までにと、彼女の持ちこんだ餡の、ウマイの何の。
結局店長は、彼女を雇い、餡作りを依頼することになります。
小豆の粒餡です。
豆粒の一つ一つが、つやつやと輝き、その香りが、客席にまで、漂って来るような、
そんな錯覚を起こさせるような、見事な餡が出来ました。

これを使ったどら焼きが、客に受けないはずがありません。
店の前には、開店前から、行列が出来ることになります。
この辺は、非常に面白い。
飲食店を舞台にした、一つの成功物語としてです。
しかし、これで終るわけではありません。

映画とは、そう言うものです。
より大きなショックを、観客に与えずには、おかないのです。
ここから物語は、暗転します。
とても重苦しいテーマに、観客は遭遇することになります。

詳細は省きます。
意地悪をしているわけではありません。
推理ドラマのように「ネタバレ」を恐れるわけでもありません。
私が遭遇したように、皆様も、まったくの白紙状態で、
この重いテーマに、向かって頂きたいと思うからです。
そうです。
かなり重いです。
神様は、人間に対し、どうしてこういう苦難を作り、与え給うたのだろうかと、
疑いを抱くほどにです。

若い店長にも、暗い過去がありました。
その彼の、涙をこらえた顔が、画面に大写しになっています。
必死にこらえています。
観客は自由です。
こらえようと、滂沱の涙を流そうと勝手です。
私は男ですから、さすがに滂沱はやりません。
しかし、目尻のところに、指の一本くらいは、持って行かざるをえません。
そう、隣の妻に、気付かれぬようにです。

 * * *

樹々希林が、おばあさん役で、主演しております。
毎度のことながら、彼女の訥々たる語り口には、独特のものがあります。
各フレーズの、第一音が出るまで、少しの間が空く。
演じるというより、好き勝手に呟いている。
そういう感じを受けます。

これを巧みと見るか、ぎこちないと見るかです。
それは、映画全体を巨視することで、判断すればいいことで、私は上手い、
成功していると、思いました。

それから、彼女の孫、内田伽羅が共演しております。
これがまた、血は争えないのでしょうね、そのセリフ回しが、祖母に似て、
素人っぽいのです。
時に、はらはらするくらいに、たどたどしい。
しかし不遇の環境にある女子中学生の、屈折した感情を表すに、むしろ、
その生硬さが、役立っている。
奏功していると、私は思いました。

監督は、河瀬直美さん。
この人の才能は、間違いないと思います。
と言いつつ、その作品をほとんど見ていないのです、私は。
しかしながら、この「あん」一作を見ただけでも、そのことは十分にわかります。

 * * *

平日の朝、しかも雨降り。
映画館は閑散と思いきや、お客さんが、結構入っていました。
私の推測では、広告を見てではなく、口コミによってだろうと思います。
つまり、見た人が「良かったわ」と周囲に伝える。
そう言うことだと思います。

この映画を、私は皆様に対し、積極的にお勧めはしません。
私のレビューをご覧になり、行きたかったらお行き下さい。
一つだけ、確信に近い予感があります。
この映画は、きっと何かの賞を取るに違いないと。

「私、あんこものは嫌いなの」
こうおっしゃる方も、きっと、居ることでしょう。
大丈夫。
画面の湯気の中に、煮え立った小豆の匂いを感じるのは、それを好きな人の嗅覚だけであり、
嫌いな人の鼻には、何も感じないでしょう。
あたかも私が、生クリームやチョコレートを見ても、
それを舐めたいとは思わないようにです。

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コメント

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さん

予告編しか見ていませんが、映画館を出てすぐに文庫を買いました。
予想通り、涙もろい私が、映画館で見られる内容ではなかったです。
DVDを待ちます。
仰る通り、幾つかの部門で、受賞する、素晴らしい映画だと思います。

2015/06/21 09:04:50

吾喰楽さん

映画を観てみたくなりました。
でも、8月上旬まで、仏事と遊びで、予定が一杯です。
文庫が出ているのなら、それを読む手もありますね。

2015/06/21 09:31:51

Reiさん

いい映画でしたね。
帰りにどら焼きを買って帰ったのは、言うまでもありません。
甘いの辛いの、どちらも好きな私です。

重いテーマゆえに難しい部分もありますが、かなりの存在感…いくつかの賞を取るでしょうね。
でも私は、いつも自分の中で、勝手に評価をしています(^_^;)

2015/06/21 10:12:25

喜美さん

キキキリンさん言いたい放題
好き勝手にしゃべり行動して
いるみたいですけれど全く違うのね
頭の中で計算しています
テレビのお喋りで何時も
賢い人だと思っていました

私も本読もうかな 此の間も
何方かが火花読んだとか言っていたので
買って読みました 暇は十分あるけれど
眼が十分でないの

2015/06/21 10:12:51

さん

樹々希林さんは 今、日本のトップの女優さんでしょうね。
とつ とつとした語りの包み込むような口調がいいです。

パトラッシュさんの ご説明も映画を観たくさせる
抜群の語り口調、恐れ入りましたm(__)m

2015/06/21 10:38:27

パトラッシュさん

SOYOKAZEさん、
思ったら、すぐに実行に移すところは、さすがにSOYOKAZEさんらしい。
原作は、ドリアン助川とか。
私は知りませんでした。

SOYOKAZEさんの時代小説も、何時か映画化されるとよろしいですね。

2015/06/21 19:06:41

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
焦ることはありません。
いずれ、テレビでもやるでしょう。
それからDVD化されることも、あるでしょうから。

2015/06/21 19:08:01

パトラッシュさん

Reiさん、
お買いになりましたか、どら焼きを・・・
私もそうしようかと思ったのですが、喉が渇いていたので、
映画館からビヤホールに直行し、一杯やってしまいました。

2015/06/21 19:09:52

パトラッシュさん

喜美さん、
樹々希林さんの演技は、一見放埓のように見えて、しっかり計算がなされているようです。
賢い人です。

無理して本を読まなくても、いずれテレビで放映されるでしょうし、DVD化もなされると思います。
その時にでも、ごゆっくりどうぞ。

2015/06/21 19:13:38

パトラッシュさん

風香さん、
樹々さんは、存在感にかけては、まさしくTOPの女優さんでしょうね。
若いころは、さほどに評価しませんでしたが、最近は、その演技に感嘆させられること、しきりです。

私の説明は、長いのです。
自分でもわかっていて、短く出来ないのです。
読むのに、さぞご苦労なさったことでしょう。

皆さん、お読み頂いて、ありがとうございました。

2015/06/21 19:17:55

さん

残念ながら配給会社が違うようで、いつも行く映画館には、来てないのですよ。やはり神戸まで観に行こうと思っています。

2015/06/21 22:10:25

パトラッシュさん

たんぽぽさん、
そうなのです。
配給会社が違うようで、何時も行く大きなシネコンでは、
やっていませんでした。
それで滅多に行かない、小さな映画館に行きました。
良い映画なのですがね。

シニア割 1100円で見ました。(笑)

2015/06/22 06:49:59

秋桜さん

粒あんの匂いが漂って来そうな
映画のようですね。
人間を主体にしたドラマは心に深く迫ります。
河瀬直美さんは、好きな監督さんです。
久しぶりに劇場に出向き味わいたくなりました。

2015/06/23 10:30:45

パトラッシュさん

秋桜さん、
お時間がありましたら、是非、行って見て下さい。
秋桜さんが、失望することは、多分ないと思いますので・・・

2015/06/23 14:56:38

おふねさんさん

ドリアン助川の作品大好きです

2017/11/01 00:15:03

漫歩さん

パトラッシュさんの語りを読めば「早速観に行きます」とコメントしたくなりますが、いい加減なことを書けません。
私は以前、それに近いコメントを書き、いまだパトラッシュさんに感想を話せないでいる前科があります。
それを悔いていますから、今回は観るチャンスが身近に
訪れるのをじっと待ちます。

2017/11/03 22:34:10

パトラッシュさん

おふねさん、
ドリアン助川、才能の豊かな人ですね。

2017/11/10 19:41:20

パトラッシュさん

漫歩さん、
この映画、一昨年に公開されたものです。
今は、映画館では、やっていないでしょうね。
DVD化されて、市販されていると、よろしいのですが。

結局、賞は取れなかったようですが、良い映画であることは、確かですから。

2017/11/10 19:44:24


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