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作品名 モリのいる場所 評価 評価評価評価評価評価(5)
タイトル 叙事に徹しつつ
投稿者 パトラッシュ 投稿日 2018/05/25 14:41:37

「説明するな」
「皆まで言うな」
俳句を作る際の、要諦とされています。
俳句ばかりでなく、短詩形全般に、当てはまることです。
さらには、散文にも。
要は「余情」をこそ、大事にしなさいとの、先人の教えでしょう。

昨日のことです。
私は「説明をしない」映画を、見て来ました。
主人公が、高名な画家であることも、訪れる人々との会話から、
ほのかに察せられるだけ。
その作品の羅列など、当然のようにありません。

日がな一日、雑木林のような、自宅の庭に籠っています。
花鳥風月に親しむのではなく、誰もが顧みない、蟻、メダカ、
トカゲなどの観察に、明け暮れています。
その訳も、当然説明しません。

彼のその、奇矯なる行動の中に、多くの人が見過ごしてしまう、
新奇な発見がある。
その人柄からでしょう、訪れる人を、何時の間にか、その同じ境地に立たしめてしまう。
その、風狂から生じる、巧まざるユーモアが、
さながら通奏低音のように、全編を通じ、流れています。

文化勲章を辞退する場面が、特に秀逸です。
「そんなもん、要らないって、主人が言ってます」
電話に出た奥さんが、こともなげに断ってしまう。
これには、威光を背にした、文部省のお役人も、口をあんぐり……

夫婦で、碁を打つ場面があります。
ザル碁です。
何遍やったって、山のように、石を取られ、旦那の負け。
囲碁ばかりでなく、生活の全般に渡り、亭主は奥さんの掌
(たなごころ)の上で、転がされながら、生きている。
その一つの典型でしょう。(実は、我が家でも)

功名ばかりでなく、富貴にも関心がない。
その住居の、陋屋たること、纏うものの、弊衣であること。
用いる、碁盤と碁石だって、同じこと。
子供のおもちゃのような、それです。
(ちなみに、私のサロンでさえ、榧の六寸盤を使用しているのです。
そこだけ立派なのが、いかにも「倭子の背伸び」のようではあるのですが)

その簡素が、いっそ清々しい。
人間は、多くの贅物を抱えながら、生きている。
それらを、捨て去ってしまえば、かくも自由に生きられる。
ということを、観客は「説明しない映画」により、思わされているのです。

淡々たる叙述の間に、音もなく流れている、その余情を、観客が、その手で掬い上げる。
夫妻の生き方を、真似は出来ないまでも、大いなる共感を抱かされる。
そう言う映画でした。

 * * *

主人公「モリ」こと、画家の熊谷守一を山崎努、奥さんを樹木希林が演じました。
「好演」などと言う、使い古しの言葉を、
この際、用いたくないほどの、自然体の、演技です。
人物になり切る、いや、むしろ、実在した人々を、超えて、
遥かに風狂の人「らしい」ではないか……と思わせるくらいです。

上映中、館内のあちこちから、笑い声が、湧き上がっておりました。
「げらげら」ではありません。
「ふふふ」です。
「くすくす」です。
それは、さざ波のように、湧いては消え、消えては湧き、
エンディングに入るまで、続いておりました。
こう言う映画も、珍しいです。

皆様に、お薦めしたいのですが、上映する映画館が、限られています。
大手配給会社の、ルートに乗らなかったからでしょうね。
マイナーな、取るに足らない映画と、目されているのかもしれません。
しかし、良い映画です。

私は、妻と共に、銀座へ出て「シネスイッチ」という映画館で見ました。
どうせ、空いているだろう……
高をくくって、行きましたら、朝一番の上映であるにも拘らず、長い行列が出来ていました。
そのせいで、良席がなく、前から、三番目の席で見ました。

二時間近く、顎を上げていたせいでしょう、館を出ようとして、
足元が覚束なくなり、段差で躓いてしまいました。
いえ、大丈夫、怪我などしません。
それどころか、その段差の陰に落ちていた、百円玉を拾ってしまいました。
いえ、誰が届けますか、そんなもん。
それで、シニア料金千百円が、私に限り、千円になったと、こう言うわけです。

そうそう、言い忘れました。
昭和天皇が出ていました。
いや、もちろん役者がです。
扮したのは、林与一でした。
結構似ています。
その天皇が、モリの絵を見て、発する言葉が、最初の笑いです。
「この絵は……………」
ネタバレになるので、ここは、見てのお楽しみと致しておきましょう。
(ふふふ……)

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コメント

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吾喰楽さん

熊谷守一は、好きな画家の一人です。
一番かも知れません。
私が、三十代前半の頃のことです。
日経新聞の『私の履歴書』に登場し、一ヶ月間、夢中で読みました。
映画に登場するか分かりませんが、「下手も絵のうち」と云っています。
曖昧な記憶ですが、「下手も碁のうち」とも、云ったかも知れません。
私の生き方に、大いなる影響を与えた一言です。

ところで、蟻が歩き始めるとき、沢山ある足の中で、最初に動かす足は決まっているそうです。
真偽は分かりませんが、彼が何処かで云っていました。

2018/05/25 17:43:52

パトラッシュさん

吾喰楽さん、
その通り、言っています。
「下手も絵のうち」と。
そして、「下手だから、上手くなる可能性がある」とも。

それから、蟻の歩き始めは、左の二番目の足からだそうです。
動きの速い、蟻の足を、よく見極めたものです。

吾喰楽さん、それほどにお好きな、熊谷守一さんなら、
是非映画をご覧になって下さい。
きっと、より好きになることでしょう。

2018/05/25 19:51:36


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