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大間秀雄のブログ
今年を振り返り・絆を感じた1年
2011年12月30日
テーマ:テーマ無し
今年を振り返ると、東日本大震災や原発事故、そして豪雨による水害など「災」の文字が感じられる1年であった。しかし、それにも増して地域や家族の人と人との「絆」を感じ見直した1年でもあった。そんな思いを2編ほど投稿原稿にした所、本日付けの朝刊に「絆の大切さ見詰め直す」として掲載されました。今年は数回にわたり、拙い原稿を意図を解していただき、掲載記事にしていただいた記者の方に厚く御礼申し上げます。と言う訳で最後になりますが、投稿原稿の一部を掲載して今年の「投稿記事」欄は終わりと致します。また来年もよろしくお願いいたします。
◆投稿記事抜粋・絆を感じた1年◆今年も残すところ数日となったが今年は自然の異変が感じられる年の瀬である。12月も半ばを過ぎてやっと季節ハタハタがやってき来た。おかげで夕方我家にも友人から届いて、早速、関東や新潟地方にいる親戚にも送った。秋田の年末の風物詩なのでわずかでもその香りを味わってもらえればと思っている。また、もっと気になったのは、ここの所、毎日のように友人知人からの喪中葉書が届く。団塊の世代の私の友人知人も同年代が多く、これまでも毎年のようにお知らせが届いてはいたが、今年の場合は例年の3倍以上となっている。振り返れば、今年は、春先の東日本大震災や原発事故など思いもよらない事があり、更に震災の影響で注目されていないが、例年になく豪雨よる被害などもあり地域経済が壊滅的な被害を受ける年となってしまった。いずれも復旧には数年規模以上の年月を要し、被災地の皆さんが、どんな新年を迎えるのか心が痛む思いである。政府の復旧政策も日本経済も円高など様々なマイナス要因で混迷し、復旧事業も後手に回っているが、救いは民間のNPOなどによる支援が継続している事である。今年の漢字に「絆」が選ばれたように、日本人として日本という国を地域の連帯と家族の絆を見直した1年だったような気がする。対岸の火事と思わず来年は我が家でも日々の備えを整えたい。新年を迎えるにあたり来年こそは、被災地の皆さんに明るい太陽の日差しが感じられる毎日が訪れる事を祈念したい。◆投稿記事・被災地の夢を形に◆
師走に入り慌ただしさが増すなか、年賀状の受付が始まる。我が家には、ここの所毎日のように友人知人からの喪中葉書が届き、例年の3倍ほどの20数枚に及んだ。団塊の世代の私たちは当然友人知人も同年代が多くこれまでも毎年のようにお知らせが届いてはいた。だが今年の多さは東日本大震災の影響もあるやも知れない。震災と津波による被害と原発事故による放射能汚染に東北各地では、復旧復興にむけて一歩づつ歩み始めている。とは言え政局の混迷から被災地への迅速な対策や支援が十分行われていると思えない。復旧に関する重要法案を決定するはずの国会も、大臣の失言騒動やTPP問題で混迷し9カ月たってやっと復興庁設置が決まる体たらくで、被災地への施策は来年へ持ち越された。救いは全国からの義援金やさまざまな支援が継続されていることだ、近年は地域社会との結びつきや家族の絆と言ったものが失われかけていたが、あらためて日本人の律儀さと優しさが見直されている。年末恒例の今年の漢字に「絆」が選ばれたのも東日本大震災や紀伊半島豪雨など大規模災害で、家族や地域の仲間たちとの絆の大切さを痛感した現れであろう。東北の被災地では、寒さが厳しくなるなか、仮設住宅や避難先で新たな年を迎える。家族を失い、仕事や、学校を失った被災地では、新年にどんな夢を描くのか。来年こそは、従来の生活が取り戻せるよう、明日に向かって「夢をかたちに」できるように政府に早急な対応を切に望みたい。
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