メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

慶喜

御霊神社5( 聖地で起きた歴史的事件) 

2021年03月14日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



?御霊神社( 聖地で起きた歴史的事件)?怨霊を鎮める御霊信仰 ☆御霊神社は、死んだ人間の魂を鎮めるために建てられた神社 *古代の人々は大事故や災害を悪霊の仕業とした *霊を神としてあがめ奉れば、平穏が戻ると考えた *このような信仰体系が「御霊信仰」 ☆京都市にある二つの御霊神社 *上京区にあるほうは通称を「上御霊神社」 *中京区のほうには下御霊神社が鎮座している ☆室町時代の「応仁の乱」は、上の神社から始まる ☆下の神社の祭神は、政治抗争で謀殺された皇室の親子もいる?室町時代最大規模の戦い ☆応仁の乱が始まった地、上御霊神社 ☆室町幕府はナンバー2の座にあった管領家細川勝元、事実上の支配者 ☆管領家の畠山家で義就と政長が跡目争いを起こす ☆他の有力者を巻き込んで騒動を複雑化させていく *将軍の義政が政長を失脚させた *勝元の後ろ盾を得た政長は、強気の姿勢に出た *政長は、約3千人の兵を率いて上御霊神社に陣を構えた *義就は、管領家の山名宗全の援軍を含めた約3千人で攻撃する ☆京を中心とした全国的な大乱が勃発する?政争で殺された人々の怨念 ☆下御霊神社も黒い一面のある神社 *上・下御霊神社の祭神 *政争に巻き込まれた人物もおり、皇室の親族もいる ☆下御霊神社に合祀された伊予親王は桓武天皇の実子 *最後は母親もろとも自殺に追い込まれた ☆上御霊神社に祀られる早良親王 *暗殺事件への関与を疑われ、護送の途中に憤死 ☆藤原広嗣も政治抗争の最中に謀反を起こして死んだ人物だ ☆死者たちを神とあがめてたたりを鎮め建立した神社 *彼らを殺した罪を浄化しようとした *上・下御霊神社は、平安貴族たちが抱いた罪悪感の表れでもある                         (敬称略)?知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載?出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介 ☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します?私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います?詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください?出典、「本当は怖い日本の聖地」御霊神社5( 聖地で起きた歴史的事件)(「本当は怖い日本の聖地」記事より画像引用)

>>元の記事・続きはこちら(外部のサイトに移動します)





この記事はナビトモではコメントを受け付けておりません

PR





掲載されている画像

    もっと見る

上部へ