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平成の虚無僧一路の日記

石丸進一『人間の翼』 

2018年08月07日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



戦争回顧と反戦の映画は数々あれど、一番泣けたのが『人間の翼―最後のキャッチボール』です。「特攻隊員として戦死した名古屋軍(現中日ドラゴンズ)のエース、石丸進一君」について、従兄弟の牛島秀彦氏が 裂帛の思いを込めて制作した映画『人間の翼―最後のキャッチボール』。一般の映画館では公開されない自主制作映画ですが、私は3回も見る機会に恵まれ、またVTRも入手し、原作の本も買い求めました。水道橋方面から、東京ドームの外壁沿いに、地下鉄「後楽園」駅に向かう途中に、『鎮魂の碑』というのがあります。戦争に狩り出されて亡くなった野球選手の霊を慰めるために建立されたものです。名投手「沢村栄治」選手をはじめ 69人の名前が刻まれています。そして、その隣りに「石丸進一」君の追悼碑があります。床屋を営む父親の借金を返すためにプロ野球界にはいり、兵役免除と聞いて日大に入ったものの、学徒出陣で特攻隊員となります。1945年4月25日に鹿屋への移動命令が下り、浅野文章少尉から揮毫を求められ、「葉隠武士 敢闘精神 日本野球は」と書いた所で、浅野少尉から「この期に及んでまだ野球か!!」と叱責され、石丸進一は「おう!! 俺は野球じゃ、俺には野球しかないんじゃ!!」と怒鳴る様に言い残し、鹿屋に旅立ったのです。太平洋に散華したのは、それから2週間後の5月11日でした。野球一筋、球に命を懸けた青春が、戦争という不条理な運命に消されていく、その無念の思いを込めたこの石丸進一の絶筆が、なんと靖国神社の「遊就館」に展示されているとのこと。「遊就館」は 侵略戦争を正当化し、国のために散ることを賛美するコンセプトで展示されています。石丸進一の魂はここで休まるのだろうか。「戦争への道開き」を声高に叫ぶ人は、石丸進一君の映画『人間の翼―最後のキャッチボール』をぜひ観てもらいたいものです。終始無口だった父親が、戦後、飛行機の爆音を聞くと、家を飛び出し、「進一が帰ってきた、進一、進一」と空に向かって手を振る。それを妻が抱きかかえて家に引き戻そうとする。あのラストシーン、もう涙が止まりません。この映画が、一般に公開されない、という現実に、また、いつか来た道を歩んでいる危うさを感じます。

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