あほー松の人生

あほー松の人生 NO.22 

2018年07月09日 シニア・ナビブログ記事
テーマ:テーマ無し

しかし人柄や能力を見ないで家庭事情や、住環境で人を差別するような会社には入りたくないと、へそをまげて折角会社に交渉してくれた○○君の厚意を無にしてしまいました。

とりあえず妻は難波のマージャン店で、働き始め私を支えてくれました。私は新たな就職先を求めて、かねてから調べていた天王寺の阿倍野職業安定所(現ハローワーク)に求職の手続きをしました。

数日後、職安から従業員300人ほどの中小企業だけど、○○合板工業株式会社が素人工を募集しているが、行く気は無いかと連絡して来ましたので、紹介状を貰い早速面接に行きました。

場所は大阪市住吉区○○町でしたが、天下茶屋からだと市バスで30分くらいで通勤出来るし、いいなあと思いました。
会社で面接を受けましたが、人手が兎に角欲しかったのか、うるさいことは言わず、すぐ来てくれと採用されました。

この会社こそ私が60歳で定年退職するまで働いた運命的とも思える会社との出会いでした。
昭和33年5月21日入社、私は21歳、妻23歳でした。
会社に入ったのを機会に大阪市西成区役所に、二人で婚姻届を出し法律上の夫婦となりました。お互い貧しい家庭に育った二人でした。
誰に相談したわけでもなく誰にも知られず、ひっそりと3畳一間のアパートで新婚生活を始めました。続く・・・


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