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『 さわやかなこの青空の初景色 』平和の砦575交心zrz0406 

2018年01月05日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 平和の砦575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★










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★ 平和の砦575交心zrz0406

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 さわやかなこの青空の初景色

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 けんけんさん、

 交心ありがとうございます。

 > もう一度現憲法の前文をよく読めば答えは自ずと明確になるはずです。   けんけん


 おっしゃるとおり憲法の前文を読めば、日本の不戦の決意と国際平和への崇高な理想は、心から平和を求める人にとっては、最もわかりやすい原理であり、切実な悲願であると念います。

 どの一文をとっても大切な精神ですけれど、ぼくがいちばんぼくのスタンスとして心に銘記していたいのは、<日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。>という世界の人々への呼びかけです。

 世界の人々と共に、<平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して>という、こころの深いところの誠と祈りに語りかけて、つながり合い、和解し合い、武力による解決だけはしないような道筋を創りだしていきましょう、という国際平和への至誠の心です。
 国家を超えて平和を祈念する世界市民への自立と連帯、そして共生の呼びかけであり、まずは自分たちが身をもってそれをはじめるという日本人としての自覚であり、不退転の決意です。

 まずは日本人として、日本の政治力を高め、<平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を>この日本から<永遠に除去しようと努>めなければなりません。
 ぼくはこの恒久平和を求める精神と希望を捨てることはできません。


 日本国憲法の前文が、まずは、憲法論議の原点でしょうけれど、現実は、もう改正される方向で、条文の中身の現実論が前面に出てしまっています。


 原理原点が確かなものとして定まらない状態で、小手先の憲法論議を重ねても、時間が消化されれば、多数決で、戦争できる憲法改正へと押し切られてしまうのでしょう・・・



 まず日本国民が、本気になって、平和を念願し、日本国憲法の三大原理を大切に思う心にならなければならないのだと念います。

 まず自分自身から。

 ぼくはそう念い、そう願い続けますから、その思いを、小さな力でしょうけれど。この日本国憲法の精神と希望を生きていきます。



 けんけんさんに促されて、あらためて、日本国憲法に対する理解とスタンスをはっきりと確認し、決意を新しくすることができました。
 ありがとうございます。
 もっともっと皆さんの心に学んで、その精神とスタンスを確かなものにしていきたいと念います






 さわやかなこの青空の初景色   仁


 ひとりの道はつながりの道







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 以上、
★★★ 平和の砦575交心zrz0305『 一飯が平和の大本老の春 』 への交心です。!!! ★★★






 > 第九条は交戦権の規定であり、そして交戦権とはつねに主権国家であるかどうかを決定づけるおもな要因なのである。   。。。カレル・ヴァン・ウォルフレン『日本に巣喰う4つの怪物』p222

 ウォルフレンさんのいうことが主権国家のこれまでの原則でしょう。その原則は歴史的であり、戦争を繰り返してきた現実的な自衛権の原理でしょう。
 それでもなお、わたしたちは<日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。>という<平和的生存権>という新しい人権の理念を生みだし、恒久平和主義の道を歩むことを決意したのでした。
 孤の道を決意し、<日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。>と世界に向かって宣言したのでした。
 しかし朝鮮戦争の勃発によって、米国の戦略によって、時の政権は「再軍備」の野望を復活しはじめ、日米安保条約を強行採決で決定したのでした。
 軍備を拡大しながらの平和主義は、「積極的平和主義」と変質して、世界に敵を作りはじめました。

 でもまだ、諦める必要はありません。日本国憲法は生きています。
 守り抜くこともできるんです。
 国家の主権者は、天皇でも、総理でもありません。国民が主権者です。主権者としての主権を、自分の良心と主体性で、行使できる市民になりましょう。
 良心の声と向き合い、本音で生きる道を歩き出しましょう。


 9条ある限り、軍備を縮小し、安保軍事条約を廃棄しなければなりません。






 9条が守る子どもの命の芽   仁


 ロケット砲の着弾地地獄






 > 進歩派の人々が用心深く守ってきたこの憲法のように、これほど長期にわたって改正されなかったものは、近代史にはほかに例がない。ところが彼らのそうした姿勢は、うかつにも日本政治の中で実現しようと望んできたものとは、まるで逆の状況を生み出すのに手を貸す結果となった。なぜなら憲法が、真剣に扱うべき基本的法ではなく崇拝の対象になってしまったからだ。第九条があるために、日本国憲法はさほど真剣に受け止められないのだ。つまり憲法が軍隊は決して維持されることはないと規定していながら、現実には世界で最も高価な軍事システムのひとつーー四番目もしくは五番目ーーを、そしてアジア最強の海軍を日本は維持し、結果として毎日、毎時間、そして毎分ごとにこれに違反し続けているからだ。憲法を、現実というとり消しがたいものに合致させまいとすることで、日本の進歩派の人々は、半世紀にもわたって、日本の基本的な法律が破られ、真剣に受け止められない状態を維持してきたのだ。
 この法律が、憲法というよりは象徴性豊かな聖なる国の宝として機能していることは、日本の官僚には好都合であった。そして彼らはその多くの規定を無視し、明治時代の大日本帝国に込められた法の精神にのっとって物事を処理してきたのである。


 国民の大半は平和主義を希望としながら、政治と経済は、「富国強兵」「殖産興業」に向かっていたのでした。その政治と経済を支配していたのは、戦前も戦後も変わらず軍閥と財閥だったのです。大日本帝国憲法の思想とシステムを作りあげた薩長閥でした。
 安倍さんの系譜は、その薩長閥の源流にある佐藤一族なのだといいます。
 マッカーサーの占領支配の戦略と薩長閥の野望とが一致して、戦後が仕組まれてきたと言えるのでしょう。


 だからこそ、米国の占領システムと薩長閥の明治維新システムを見抜いて、国民が主権者として目覚め、米国と薩長閥支配を解体し、日本国憲法を憲法として遵守し、三大原理を理想として実行できる道を歩きはじめなければならないのだと念います。



 与命短い鄙隠り老仁にも、晩生ながら、国家の主権者として、日本国憲法をどう生きるのかを、愚直に、問い直しつづけ、自分なりの道を見つけだしていきたいと念います。





 吾が道は命が宝老の春   仁


 小私少欲願わくば利他





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