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安芸太田町 堀八幡神社の砲弾 

2017年06月23日 外部ブログ記事
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安芸太田町 堀八幡神社の砲弾
昨年訪れた堀八幡神社の砲弾がRCCテレビで取り上げられました。
堀八幡神社の境内隅にひっそりと置かれた砲弾&碇です


珍しい型の砲弾ですが日清戦争の鹵獲品だと報道していました。


               幅250mm


             約850mm





明らかに信管はないです。


神社に残されている砲弾は日清日露戦争の頃奉納されたものが大半です。
砲弾碑から外されたものや置き場が無く隅に置かれた砲弾
は大分県だけでなく全国にあると思います。


日清戦での戦利品は、記念品として各方面に献納または
払い下げられました。
民間の下附は砲弾が最も多く約9千個が下附されました。


日露戦後では陸軍だけで「戦利兵器奉納ノ記」という文書とともに約2万箇所の神社などに砲弾が配付されました。



大戦中は軍からの金属類回収令があり敗戦後に来た占領軍の命令、彼らの目から隠すため処分されたものも多いです。

GHQの廃止に伴い、戦友会や遺族会、自治体などによる砲弾碑再建の動きが広がり隠していた砲弾は復活しました

現在残っている砲弾はいくつもの受難も切りぬけてきた
貴重な歴史の記念品です。

「爆発のおそれが・・・」と通報騒ぎが続きますが
廃棄処分することなく保存していただきたいと願います。

              

RCCニュースの報道

神社に奉納の「砲弾」 安芸太田町で

全国の神社で明治時代以降に奉納された砲弾が、
次々と見つかっています。
広島県の神社の一角にも眠っていました。

騒ぎを知った神主が、警察に相談しています。

安芸太田町にある
「堀八幡神社」です。

砲弾は、境内の一角に置かれています。

記者)
「これがその2つの砲弾です直径30センチ、
 長さは90センチあります目の前にすると本当に大きな砲弾です」

2つの砲弾はおよそ120年前に、
日清戦争の戦勝記念として
広島市中区にある住吉神社に奉納されました。

およそ20年前、住吉神社を建て替えたときに、
安芸太田町に移されたそうです。

神主・森脇 宗彦さん)
Q、砲弾に何か字が書いてある
「日清戦争のときの威海衛の戦いで沈没した「清」の船から没収した砲弾」
「戦利品・戦勝品の砲弾だと書いてある」

当時は、戦勝記念として、
砲弾や絵馬が盛んに奉納されていたといいます。

ただ、今月に入って
大分県など全国の神社から、「うちにもある」という届け出が、
次々と警察などに寄せられています。

神主・森脇さん)
「大分県では多く、砲弾が見つかっていて
 広島では見つかってなかったが「うちにもある!」と思った」
「ひょっとして信管でもついていれば、大変なことになると思った」

神主の森脇さんはきのう、地元の警察に砲弾について届け出ました。

今後、自衛隊に砲弾の調査をしてもらうことを検討していて、
調査で安全が確認されれば神社での奉納を続けていきたいといいます。

警察によりますと、砲弾は信管が抜かれたり、
中にコンクリートが詰め込まれていたりしていて、
「爆発の危険はまずない」ということです。

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