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世界史(モンゴル帝国) 

2017年06月18日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



遊牧民がつくった史上最大の「世界帝国(モンゴル帝国)」

モンゴル族のテムジンは、諸部族を統一しチンギス=ハン(王の意味)の称号をうける
千戸制という軍事・行政制度を取り入れ巨大な軍を編成
西アジアのホラズム朝、中央アジアの西夏を減ばした
チンギス=ハンの死後、第2代ハンとなったオゴタイは金を減ぼし、カラコルムを首都とする
オゴタイは、バトゥの西への遠征を命じロシアを征服しヨーロッパヘ進撃
 ☆モンゴル軍にヨーロッパ軍は敗れるが、オゴタイの死で、ヨーロッパは征服をまぬかれた
第4代モンケ=八ンは、弟のフビライおよびフラグに遠征を命じる
 ☆フラグはアッパース朝を減ばす
 ☆フビライは、大理、チベットなどを征服
ユーラシア大陸に史上最大の大帝国が誕生
知識・意欲の向上目指し、記事を参考・引用し、自分のノートとしてブログに記載
記述に誤り不明点あると思います、詳細、出典記事・番組・画像等で確認ください
出典、『世界史(成美堂出版)』
 ☆本には、綺麗な絵画が記載されています




モンゴル帝国(世界史(成美堂出版)記事より画像引用)


モンゴル帝国は、大ハン位をめぐる内乱で5ケ国に分裂
第5代フビライは、首都を大都(北京)に移し、国号を元と定める
中国の南宋を滅ぼし、朝鮮高麗を属国にした
東南アジア、日本の支配を目ざしたが失敗に終わった
帝国全体の長である大ハン位をフビライが継いだことで内乱が起る
結果、モンゴル帝国は5ケ国に分裂

モンゴル帝国の支配と滅亡
モンゴル帝国の支配は約100年間続く
中心をなす元では宮廷の内紛や腐敗、失政による経済破綻
被支配者である漢民族の不満が高まった
飢饉や災害が加わり、元は崩壊への道をたどる

チンギス=ハンはどこに眠っているのか?
遊牧民であるモンゴル民族には、地上に墓標などを立てずに埋葬する風習がある
モンコル帝国の偉大な始祖・チンギス=ハンは、死後どこに埋葬されたのかわからない
歴史学者や考古学者などがその場所の特定に取り組んでいる
候補地は、モンゴル国内や中国の内モンゴル自治区などの数力所が挙がっている
モンゴル人の間では、民族の英雄の墓を掘り返すことへの反発の声も上がっている
空前絶後の大帝国を築いた英雄の眠る地が明らかになる日は来るのだろうか?

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