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四国遍路(生活した四国が懐かしいです) 

2016年11月29日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



四国遍路始まり

平安時代頃には修験者の修行の道であり、讃岐国に生れた若き日の空海もその1人でした
空海の入定後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めたこれが四国遍路の原型です
知識・意欲の向上目指し、番組を参考・引用して自分のノートとしてブログを記載
出典、番組、BS11『せいこうの歴史再考』(私の好きな番組です)、WIKIPEDIA参考&引用
 ☆番組の画面引用(集中して視るので内容良く理解できます)












四国遍路(BS11『せいこうの歴史再考』番組画面引用)

四国遍路(修行の地)の始まり
古代から、都から遠く離れた四国は辺地と呼ばれていました
平安時代には、修験者の修行の道であり、讃岐国に生まれた空海もその一人でした
空海の入定後、修行僧らが大師の足跡を辿って遍歴の旅を始めました
西行の白峰御陵(白峰寺)の参拝、弘法大師遺蹟巡礼、一遍の影響もあります
室町時代には、僧侶の遍路が盛んに行われる

江戸時代初期に「四国遍路」の概念成立
真念という僧によって、『四国遍路道指南』というガイドブックが書かれた
僧侶だけでなく民衆が遍歴しはじめる
伝染病病患者などの故郷を追われた、捨てざるをえなかった者たちが四国遍路を終生行った
 ☆犯罪やそれに類する行為で故郷を追われた者
信仰によって、病気が治るの期待や、信仰による贖罪で信仰が目的でした
他の巡礼地と比べて、現世利益のためというよりも病回復、懺悔や死などのイメージが強い
途中で行き倒れて遍路道に葬られる巡礼者も多かった

巡拝順路
遍路は順番どおり打たなければならないわけではありません
1度の旅で八十八箇所のすべてを廻ることを「通し打ち」と言います
何回かに分けて巡ることを「区切り打ち」といいます
順番どおり廻るのを「順打ち」、逆に廻るのを「逆打ち」と言います

参拝方法
遍路(巡拝者)は札所に到着すると、決められた手順に従って参拝する
境内にある納経所にて、持参した納経帳や掛軸や白衣に、各寺の本尊が描かれた御影を頂く
八十八箇所すべてを廻りきると「結願」(結願成就)となる

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