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101歳むのたけじさん、ご逝去されました。戦後70年、どうしても語っておきたい体験のお言葉です。 

2016年08月22日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し

101歳、元朝日新聞社従軍記者
むのたけじさん、がお亡くなりになりました。

戦後、新聞人として、
戦前・戦中時、従軍記者として活動するも、
真実を、国民に伝えられなかた反省と責任で
朝日新聞社を退社し、
それ以後、
戦争の悲惨さ・愚かしさと
マスコミの在り方等を、
      ずっと、訴えて来られました。

      今の時期に、ご逝去されて、
     ひとしお、むのさんへの思いが募りますが、
     ご冥福をお祈りすると共に、
※ このサイトで、
むのたけじさんの思いを、どうしても語っておきたい体験
        を、勉強して行きたいと思います。
http://www.asahi.com/area/iwate/articles/list0300055.html

その内の一つだけ、ここに示します。

 太平洋戦争が1941年12月に始まりましたね。
それからまもなく、
私は従軍のために日本を発ち、翌年3月1日にジャワに上陸した。
途中で立ち寄った台湾で、
日本軍が作った「ジャワ軍政要綱」という一冊の本を見ました。
入手方法は秘密ですが、
日本がジャワをどのように統治するかというタイムスケジュールが
        細かく書かれていた。
私がいたそれから半年間、ほぼその通りに事態は進んだ。

 その要綱の奥付に「昭和15年5月印刷」の文字があった。
ジャワ上陸より2年近く、
太平洋戦争開戦より約1年半も前だったんです。
つまり、
国民が知らないうちに戦争は準備されていたということです。

 もしもこの事実を開戦前に知って報道したら、
国民は大騒ぎをして戦争はしなかったかも知れない。
そうなれば何百万人も死なせる悲劇を止めることができた。
その代わりに
新聞社は潰され、報道関係者は全員、
       国家に対する反逆者として銃殺されたでしょう。

 国民を守った報道が国家からは大罪人とされる矛盾です。
そこをどう捉えればいいのか。それが根本の問題でしょう。

高市早苗総務相の「公平な放送」がされない場合は、
     電波を止めるという発言を聞いてそう思ったのです。
公平とは何か。
要綱を書くことは偏った報道になるのか。それをだれが決めるのか。

 報道は、
国家のためにあるわけではなく、
生きている人間のためにあるんです。
つまり、
国民の知る権利に応え、真実はこうだぞと伝えるわけだ。
公平か否かを判断するのは、それを読んだり見たりした国民です。
ひどい報道があったら抗議をすればよい。
総務大臣が決めることじゃないんだ。そんなのは言論弾圧なんだ。

 報道機関は、
自分たちの後ろに国民がいることをもう一度認識することです。
戦時中はそのことを忘れておったな。
いい新聞を作り、いい放送をすれば国民は応援してくれる。
              それを忘れて萎縮していた。

 戦争中、憲兵隊などが直接報道機関に来て、
目に見えるような圧迫を加えたわけではないんです。
報道機関自らが検閲部門を作り、
ちょっとした軍部の動きをみて自己規制したんだ。
今のニュースキャスター交代騒動を見ていて、
私はそんなことを思い出した。
報道機関側がここで屈しては国民への裏切りになります。

 「国境なき記者団」による報道の自由度ランキングが、
安倍政権になってから世界61位まで下がった。
誠に恥ずかしいことで、憂うべきことです。報道機関の踏ん張りどころです。 (聞き手・木瀬公二)


※ このブログでも、むのたけじさんに触れて居ます。
       クリックをお願いいします。m(_ _)m
http://poeny.shiga-saku.net/search.php?csrf=6f6adf2f9d9775ed5614d8941806d5b51d3feb5e&search=%E3%82%80%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%81%91%E3%81%98

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