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もしも、楽曲に重さがあったなら・・。 

2016年07月27日 ナビトモブログ記事
テーマ:音楽

1983年、初めてホロヴィッツを聴いた。

彼の、初めての来日演奏会。

東京渋谷の、NHKホールで。


何を聴いたのか、余り記憶にはない。シューマンを弾いていたような気がするが・・。

帰り道、久々に出会った同級生が、「途中で帰るには、入場券が高いからねえ。全部聴いちゃったけど・・」と言っていた言葉が、頭に残っている。

最上席が5万円位で、当時のことだから、話題になったものだ。


その演奏は、でも残念なことに「ああ、これが、生のホロヴィッツなのだ」と、自分に言い聞かせながら聴いていた。

あの神秘的な筈のホロヴィッツは、その日、よほど調子が悪かったに違いない。

年齢的にも、80才くらいだったから、皆自分の中で、かつてのホロヴィッツ像に重ね合わせて聴いていたと思う。

ある評論家が「ひびの入った骨董品」と語った言葉が、有名になったくらい。


ところが、数年後に再来日した際には、見事に復活していたという。

だが、凡庸な私は、生活の忙しさにかまけて、その時には聴きに行かなかったのだ。

だから、私は生のホロヴィッツは、聴いていないに等しい。


1965年、あのカーネギーホールでの、奇跡とも言われたカムバック演奏会。

当時の私達は、早速発売されたレコードに熱狂したのだった。


記憶に間違いが無ければ、シューマンの「幻想曲」を弾いていた。

あの鮮やかな右手のオクターブが、いかに衝撃的だったか。


それまでホロヴィッツは、長いことステージから離れていて、自宅やスタジオで録音するだけだったので、その素晴らしい演奏と相まって、色々と噂話が飛び交っていた。

すり切れるように聞き続けた、ショパンのバラードのレコードも、彼が幻のピアニストだった頃に録音された演奏だ。

でも、欧米から遠く離れた日本の音楽愛好家にとって、いずれにしろ海の向こうから聞こえてくる話題に過ぎないのだから、舞台に姿を現さないからといって、大した違いはないのであった。


ショパンは、勿論素晴らしい。

そして、ロシア人である彼の、同郷の作曲家、スクリャービンは特に、比肩できる人は居ないかもしれない。

なんと表現すれば良いのだろう。

音色やタッチが、危ういぎりぎりのところで、バランスを保っている、と言おうか。

刃の上に立っているような鋭さ、と言えば良いのか・・。

あの魅力は、一度聴くと癖になる。


ホロヴィッツが、その鋼鉄の様なテクニックで、抜きん出ていることは言うまでも無い。

米国の若いピアニスト達が、ニューヨークに居を構えていた巨匠を目指して邁進するのだが、彼の独特の技術はとても踏襲できる類いのものではなく、殆どが自滅してしまう、と何かで読んだことがある。


今、ユーチューブで彼の奏法を見ると、確かに到底真似のできる技術とは思えない。

只、高度である、というだけではなくて。

「えっ、そんな指の形で、どうやって弾くわけ?」と聞きたくなるような、非正統的な奏法。


そして、あの素晴らしく繊細な表現も、さほど感動もせず、といった表情で弾きこなすらしい。

あの、驚くべきダイナミズムさえも・・。

やはり、天才と言う言葉を使いたくなるなあ・・。


今、60才代の、カムバックした頃の映像を見ると、彼もそれなりに情熱的に弾いていた時代はあったらしい。

しかし、彼の特徴であるあのタッチの変化は、いつだって、すこぶる健在である。


一つのフレーズ内で、一音ごとにタッチが軽くなり、その変化に沿ってペダルが減少してゆく、その絶妙なる効果は彼独特なものだろう。

その微妙な変化は、透明でありながら、かつ色彩感にも富んでいて、神秘的だ。


もしも、演奏された曲の、重さを量ることができたなら、ホロヴィッツの弾く小品は、かなり軽めかもしれない。

大曲ともなれば、彼のダイナミズムは「独擅場」とも言える程だけど、でもそれは、重量感とは微妙に違う。

鋼のようにしなやかな、ダイナミズム、とでも言えるだろか。


でも私にとって、一番の魅力は、その想定外な表現力。

録音された演奏を、何度繰り返して聴いても、色あせることなく新鮮な感動を与えてくれる。


それは、真似しようとしても、到底足下にも及ばない、ホロヴィッツ独自の世界といえるだろう。



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アートに乾杯、ですね

シシーマニアさん

ミル姫、コメントありがとうございました。

これからは、hana さんの真似をして、ミル姫にします。先輩より、素敵だから・・。

息吹が感じられましたか。
嬉しいですね。
きっと、夢中になって書いているからですね。

そして、ミル姫にはそれを受け取って下さる、アーティスティックなセンスが、おありなのよね。

ミル姫のブログに、コメントや拍手をするのが、私の知識ではちょっとバリアがあって、いつも足跡でごまかしてます。

これから、コメントできるよう、頑張ってみますね。

2016/07/28 20:07:17

息吹

ミルフィーユさん

こんにちは。

専門のことを語るのに、自重しなくともよいのではないでしょうか。
私は音楽は「ど」の付く素人ですが、文章に息吹が感じられ、専門外のことも思わず引き込まれて読ませて頂いています。
息吹、これはなかなか出そうとして出せるものではなさそうです。
シシーさんの感性が語っているのでしょうね。

生身の体で生演奏ですから、一瞬の勝負と変わりませんね。
ホロビッツ、、、名前を覚えました。

2016/07/28 13:09:01

私も年をとりました・・。

シシーマニアさん

喜美さん、おはようございます。

そうでした。
喜美さんは、かの野島稔さんのお姉様と、お友達だったのですよね。
私の尊敬するピアニストの野島さん。

多分、お人柄でしょうけれど、野島さんはCDも、米国で録音発売された、二枚しか無いのですよ。
アマゾンで購入したその演奏は、ほんとうに素晴らしいものですが・・。

2016/07/28 11:43:04

髪の毛の一本一本まで(笑い)

シシーマニアさん

彩さん、おはようございます。

って、彩さんとは大分時差がありそうですけれど。

我が家は、やっと今朝食の後片付けが終わって、パソコンに向かう時間ができたところです。

嬉しいコメント、ありがとうございます。
私の場合、音楽に関して語りたいことは、次々と出てきますが、これでも自重しているのです・・。


だから、クラシックに興味が湧く、なんて言って下さると、ほんとうに嬉しくなります。

ピアノ曲には、言葉がないから取っつきにくいのかもしれませんね。

長くつきあっていると、ピアノのフレーズが段々言葉に聞こえてきますが、最初は外国語の感じですね。

練習を重ねていると、次第に言葉が生きて聞こえる様になりますが。
まあ、1000回位は弾き続けるわけだから、ね。

2016/07/28 11:37:44

表現者

シシーマニアさん

澪さん、おはようございます。

嬉しいコメント、ありがとうございました。

真の表現者はやはり、命をかけてる、とまでは行かなくても、体を張ってますね。

そんな瞬間は、ぞくっとします。

私がホロビッツに、いつもぞくりとさせられているから、一瞬文にも現れたのかな・・(笑い)

2016/07/28 11:26:41

人間ですものね

シシーマニアさん

吾喰楽さん、おはようございます。

コメントありがとうございました。

人間国宝も、ホロヴィッツも、やはり人間ですものね。只一度のホロヴィッツ経験が、不調の時にぶつかったのは残念でしたが、これも人生です。見る頃ができただけでも、やはり嬉しかったですから。

歌丸師匠は、かつて一度だけ落語を聞きました(見ました)。

2016/07/28 11:22:53

シシーさん

喜美さん

昔は人並みにクラシック聞いたり
しましたけれど 貴女の読ませていただいて 私は何を知っていたのか?
自分で驚きホロヴィッツ調べました
お蔭でその時は解った こんな人だったのか5万円もその日売り切れだったのね そして読んだこと今は忘れました
又調べればとこんな気持ちの私日常がお分かりでしょう

2016/07/27 14:31:51

クラシックに興味が湧く

彩々さん

シシーさんは、音楽と共に生きて、半世紀を過ぎ
髪の毛の一本一本までその曲が染み込んでいるのかと
思えるほどの表現で文章にされる。

これは音符を奏でる様に文字を産みだしておられる
のですね。

クラシック音楽は難しいと、思い込んでいる私は、
勝手にどこかに追いやってしまっているのでしょうね。
シシーさんのBlogを読ませていただく中、クラシックが
身近に成って気がしています。

シシーさんの音楽に対する独自の世界感と
ユーモアのセンスで、何か一冊の本に仕上げて
くれるといいなぁ。

2016/07/27 10:36:23

技のすごさ

澪つくしさん

シシーさん

~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ゴザイマス

こちらの梅雨明けはまだなんですよ!

>刃の上に立っているような鋭さ、と言えば良いのか・・。

素晴らしい表現ですね〜

ゾクリッ!としました。

ギリギリの危うさの美学・・・

2016/07/27 08:13:06

落語でも

吾喰楽さん

おはようございます。

ホロヴィッツと落語を比べるのは、乱暴かも知れません。
それを承知の上で云うと、一流の噺家でもあります。
耳(目)を疑うような、不出来な高座もあります。

2016/07/27 07:46:17

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