メニュー

最新の記事

一覧を見る>>

テーマ

カレンダー

月別

昭和2年生まれの航海日誌

過ぎた「海の日」 

2016年07月19日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


 晴れたグラウンドへ一目散、祭日がなんのその。
それでも、木陰で小休止しているとき、
「”海の日”ですね」と言ってみた。

 一人の反応もない、がっくりきた。
 今、プレイしている場所、
グラウンドは「南港海のまち公園」だよ。
 ”我は海の子”
  歌わなかったのか、
 学校給食だけで育ったのかなあ、と言ってみたかった。

 公立学校、公園、自分たちのマンションも渚、しらなみ、
うしおと海とつながりあって名が多くつけられている。

 酷暑の最中にあっても、海風、陸風の循環で涼しい、
素晴らしい夏を過ごしていられるのだ。
 海は湾に入り、ここでは本邦の五大港を形成している。

 これで、海に無関心とは考えきれない。
 そうではない、判りきっているからなのだ、と思うことに
しよう。

 少しばかりの海事教育をうけ、職場の大半が海で
であった。

 昭和26年(1951)に入庁し、乗船してすぐ目に入った
標語は
 ”海をきれいにしまあよう!”
 だった。
 当初ははあの広い海が汚れるのかなあ、と思った。

 汚いものは流そう。厄介な話、忘れたい事、責任、義務
までもあった時代ではある。

 海洋汚染及び海上災害の防止に関する法律が施行されて
依頼日本の近海は綺麗ななりつつあった。

 地震、津波の大災害が原因だとしても、放射能漏れで、
海洋汚染を発生させていたのでは、海に対しての人類の
犯罪だ。

 「海の日」が祭日なのは日本だけ。
世界一 海をきれいにする日本人になるぞ!

 
 

>>元の記事・続きはこちら(外部のサイトに移動します)





この記事はナビトモではコメントを受け付けておりません

PR







掲載されている画像

    もっと見る

上部へ