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独りディナー
7万円のステーションワゴン
2016年06月27日
テーマ:アメリカ
アメリカ在住の、Wさんのブログを読んだのがきっかけで、最近は、30数年前に住んでいたアメリカを懐かしく思い出している。
私たちが住んでいたのは、東海岸沿いの小さな大学町であった。
おむつ二人の幼児を抱えての侵入だったので、どうやら小さな街では、お騒がせの日本人だったらしい。
しかし、そこがボランティア精神のアメリカである。
到着三日目には、大学のキャンパス内にある職員用のアパートに、即入居することができたのだった。
アメリカでも有数の有名大学なので、そのアパートには将来を見据えて安月給に甘んじているアメリカ人家族の他に、世界中から集まってくる短期滞在の研究者も多く住んでいた。
ボート部の練習用に人工的に作られた、湖のほとりの森の中に、そのアパートは建っていて、それはまるでリゾート地のような環境だった。
大体が短期の滞在者達なので、学期の終わる6月から、新学期までの9月くらいには転居者が多い。
そこで、アパートの掲示板には、所狭しとばかりに、「引っ越しセール(Moving Sale)」の張り紙が並ぶ。
その街は、独立戦争の最後の戦勝地だったとかで、アメリカの中では相当古い町である。
つまり町中は、自動車社会以前の造りなのである。
アパートに住む人たちは、大学に通うのに、大抵徒歩か自転車だった。
それにしても、我が家は乳幼児との生活である。
まず、最初の日に管理人のジョンさんが「前の居住者が置いていった冷蔵庫があるけど、30ドルで買うかい?」と声をかけてくれたのも、二人の乳幼児をみたからだろう。
アパートの掲示板で、「中古のシボレー・ステーションワゴン、500ドル」という張り紙を、主人が見つけてきた。
余りに安いので、売れ残っていたのかもしれない。
見に行ってみると、かなりのボロだが、まあ走らないことはない。
持ち主は既に帰国していて、引き継いだ友達が早く処分したかったらしく、「300ドルでいいよ」という。
当時一ドル200円あまりのレートだったので、大体7万円位。
とりあえず、当座しのぎにも車は必要だからと言うことで
、応急処置の気分でその車を購入したのだった。
しかし、自給自足の我が家の伝統は、その頃からしっかりと芽生えていて。
結局、主人がガソリンスタンドに持って行ったり、自分で手を入れたりしながら、二年間の滞在期間をその車と共に過ごしたのだった。
更に、帰国の際には、その7万円の車で西海岸まで3週間走り続けた挙げ句、サンフランシスコのモールの駐車場で「For Sale 」と張り紙をして、見事売りさばいたのだった。
若かったなぁ・・。
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若き日々の、貧乏生活は、又楽しですが・・。
師匠、重ねてコメントありがとうございます。
若さのエネルギーで、生き続けてきたので、これからどうしようかしら・・。
2016/06/27 22:40:28