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満ち足りている人とそうでない人の1万円 

2015年04月03日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し


満ち足りている人とそうでない人の1万円小学生の子どもにとって1万円という金額の価値はちょっとわかりにくい額だと思います。それが中学生くらいになってくるとだいたい金銭感覚が身に付いてくるので1万円の価値が理解できると思います。ただ、その価値観は昔と今の中学生では大きく異なっているかもしれないですね。 金銭感覚と言うのはたとえば1万円なら「1万円でどれくらいのモノが買えるか想像・イメージがつく」ということです。ちなみに「時間感覚」というのは「その時間でどれくらいのことができるかある程度の想像・イメージができる」ということです。本来、1万円はあくまでも1万円というお金の単位であって、それ以上でもそれ以下でもありません。ところが、物事・出来事は一つでもそれをどうとらえるかは人によってさまざまで、そこに人の価値観という主観が生じてきます。その価値観が異なる者同士が会話をすると、場合によっては話がかみ合わず衝突が起きます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・たとえば、自分の全所持金が1万円だとします。そのなけなしの1万円をデスクに置いていたところ、誰かに盗まれてしまった!・・・というとき、ショックはとても大きいものがあります。 手元にもうお金がない(0円)ので、これからどうやって生活をしていけばいいんだろう・・・ となります。 ところが、仮に100億円を持っている人が同じく1万円をデスクに置いていたところそれが盗まれたとします。恐らくさほどショックを受けないでしょうね。手持ちの現金が99億9999万円になったわけですが、むしろ盗まれた1万円で人の役に立てたならまあそれでもいいか・・・くらいに思うかもしれません。それほどお金に困っているのなら追加でさらに1万円を渡してもいい・・・と憐みの情を持つかもしれません。出来事は一つ=「1万円がデスクに置いてあって、それを誰かが盗んでいった」ということだけですが、その出来事をどうとらえるかは人によって異なるということです。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・言えるのは、自分が満ち足りているときは出来事を些細なことだと瑣末にとらえることができて、自分に満ち足りていないときは出来事を重大なことだと大げさにとらえてしまう傾向を人は持っているということです。問題は、 「満ち足りていることかそうでないことか」ということにあると言えます。同じようなことは、他人から何かを言われたときにも言えます。自分自身に対する愛情が深い人、満ち足りている人、自信がある人は、何を言われてもあまり動じません。自分の中では些細なこと、矮小なことに過ぎないからです。ところが、自分に愛情を深く持っていない人、自信がない人は、ふとしたことやちょっとしたことですぐに腹を立てて怒りを覚えたりします。 それはたとえるなら1万円しか持っていないのにその1万円全額を盗まれたのと同じです。よく、弱い犬ほど吠える・・・とか、独裁したがる人は自信のないことの裏返し・・・と言われますが、そのとおりだと思います。つまり、自分が有しているモノが少ないために、他者を寛容に認めたり受け入れたりすることができないわけです。自分自身に対して100億円ほどの大きな愛情と自信を持つことが、心にゆとりを持って自由に生きていくことの一つのコツだと思います。

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