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独りディナー
「その気? あります!」
2015年02月07日
テーマ:アメリカ
その頃主人と同室だった人は、カリフォルニアの大学から来て、サバティカルと呼ばれる長期休暇で1年間滞在していた、見上げる程長身の教授だった。
短期滞在者用の同じアパートに住んでいて、奥さんのヴァイオレットさんが買い物など何かと助けてくれていたので、クリスマス前のある日、「ピアノを聴きに来ませんか」と電話してみた。
海外に住むと、常識という枠がゆるくなって、思わぬ行動力が顕れてくる気がする。
早速遊びに来てくれた彼女は、「是非コンサートをして、他の人達にも聴かせてあげましょうよ。貴女にその気があれば、できる事はお手伝いします」と、言う。
「その気?勿論あります・・」
そして、私の英語能力の低さをよく知っている彼女は、「私に手伝って欲しい事を、リストアップしてご覧なさい」と、てきぱきと協力してくれたのだった。
幸か不幸か、彼らの滞在期間が終わりに近づいていた事もあって、それから見事な行動力で情報を集めてくれた。
まず、大学の中に、「フレンズ・オブ・ミュージック」という団体があって、そこがスポンサーになって、時々コンサートが開催されるらしい、という情報が入ってきた。
どうやら年明けに出演者を選ぶ、オーディションがあるという。
たった一筋ではあったが、音楽を通しての繋がり見えてきて、私はママ友達に協力して貰いながら、練習を始めた。
続けての出産と子育てと引っ越しで、一年以上ピアノを弾くゆとりもない生活が続いたので、すっかり弱くなってしまった指先が、弾くとすぐに割れてしまう。
10本の指にバンドエイドを張らなければ、素のままでは痛くてピアノが弾けない様な状態がずっと続いた。
今までの人生で初めての経験だった。
その大学には、音楽学部があって、オーディションでは、そこの先生たちが5人位並んで審査をしていた。
時代別の曲を、4曲くらい弾いたと思う。ウィーン・アカデミーでの入試の感じに似ていた。
弾き終えたら、すぐその場で「私達は、貴女を推薦しますので、帰りに事務担当のところに寄って、リサイタルの日どりを決めて行って下さい」という、いともあっさりしたものだった。
担当のおばさんが、「このあたりが、ホールの空いている日ね」と、日程表をみせてくれた。
そして、通りがかった審査員の一人を見て、何かの用事を思い出したのか「ピーター!」と呼び止めたのには、ちょっとびっくりした。
それが、私の垣間見た、フランクそうなアメリカの社会だった。
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アメリカともつながるのですね!
ハイビスカスさん、今晩は。
コメント有難うございます。
アメリカでは、音楽とは関係のない社会に居たので、「ああ、ピアノの・・」とすぐ覚えて貰えて面白かったです。
随分周りに迷惑をかけてきた気もしますが、またとない経験でした。やはり、彼らの意識は、アメリカ・イズ・ナンバーワン、だなあ、と思いました。
2015/02/07 20:07:15
ハイビスカス
初めまして。楽しいブログをありがとうございます。
きっとシシーマニアさんのピアノは群を抜いて素晴らしかったのだろうと思っています。きっとコンサートも大成功で その後引っ張りだこだったのではないでしょうか。
この続きが とっても楽しみです。重い荷物と幼児を抱えて車ではなくバスでいらしたシシーマニアさんが 実は、、、!ってドラマみたいです!!
2015/02/07 16:33:10
今となっては、ですね
喜美さん、こんにちは
コメントありがとうございました。
その時は、必死になって毎日を送りましたが、今となっては楽しい思い出です。色々な方々にお世話になりました。
思い出せば、色々ありました・・。
2015/02/07 11:22:38
貴女なら
大事丈夫と思ってもそんな審査があると思うと緊張したでしょう
色々な事あってその土地になじんだのね 今は楽しい思い出でしょう
日本でも結婚して色々な其処の土地の違いに
まごつきましたもの外国では大変よね
2015/02/07 11:19:03
これで驚かれては、甘いのです。
吾喰楽さん、こんにちは
そうなのです。この後に色々の出会いがあって、静かな街で随分賑やかしをしてきた様な気がします。
2015/02/07 10:56:22
若気の至り、とは私の為の言葉の様です
彩々さん、こんにちは
コメント有難うございました。
自分の事にかまけていて、昨日は彩々さんのブログが話題になっていたのに気づきませんでした。
「回想録」その通りですね。でも、お騒がせな記憶ばかりがどんどん出てきます。
私達が帰国した後も、日本人の方々には話題なっていた様で、お手紙を貰ったこともありました(笑)
2015/02/07 10:53:15