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第74回 昭和36年初春 カズオ君の思い出 

2014年10月20日 外部ブログ記事
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中学3年の2学期に転校してきたカズオ君は、時々学校を休んでいたが、3学期になり欠席が続いたので、みんなは心配し始めた。
彼は、数学と英語の授業の時は、促進学級に行っている。
「カズオ君の家に行って、学校に来るように言ってくれ。」と担任が、女子のクラス委員に頼んだ。
委員は友達と2人で、カズオ君の家に行って、担任の伝言を伝えたそうだが、カズオ君の欠席は続く。
そこで、カズオ君の隣の席で、時々話を聞いていた私が、様子を見に行くことになった。
昨年、「お父さんの仕事の関係で、1年間に1・2回転校してきたんだ。オレは仕事の手伝いをしたり、飯作りをしよる。」と、カズオ君は話していた。
「時々学校を休むから、勉強に付いていけんかった。促進学級に行くけど、おもしろうないから気が進まん。」と彼。
それでも、彼はしっかり生活していると、私は思った。
「お父さんは、義理人情を大事にしとる。」とも彼は言ったが、我家では使わない言葉なので、よく分からない。
下校時、カズオ君の所に寄った。
「コンニチワー。元気そうで安心したよ。お父さんの手伝いで忙しいの?」と声をかけた。
「うん。ちょっと忙しいんじゃ。促進学級にとしこ君と一緒なら行くんじゃけどな。」と、カズオ君はうかぬ顔だ。
促進学級に誘われた気がしたので、「そっかー。考えちょくわ。」と私は応えた。
「今から、買い物に行って、夕めしを作るんじゃ。」とカズオ君
「体に気を付けてね。また来るわ。」と言って別れた。
私は、ずっと前にも、促進学級に誘われたことがある。
脚が不自由で勉強も遅れがちという1年下のあきら君が、朝から促進学級で縄編み機に藁を差し込んでいて、真剣な顔だった。
1時間目の授業の後、廊下を歩いていると、あきら君がまだ縄を作っていて、随分長く出来ているのが見える。
「まだ頑張っているの!すごいね。むずかしいの?」と聞いた。
「初め慣れんじゃったけど、今じゃあ簡単じゃ。教えてやろうか?」
「この教室に来たら何時でも出来るぞ。先生に頼んじゃろうか?」とあきら君。
あの時も、「考えちょくわ。」と言ったきりだったが、今度は先生に頼んで、促進学級に行ってみようと思った。
次の日、カズオ君のことをみんなに伝えようとしていると、始業すれすれに、彼がやって来た。
隣の席に座って、「としこ君に、義理人情を感じたから、来たんや。」と言う。
その日は、国語・音楽・体育などの授業があり、促進学級に行く数学や英語がなかったので、カズオ君は冗談を言ったりして陽気に教室で過ごした。
次の日から、またカズオ君は来なくなった。
担任から、お父さんの仕事の都合で、急に転校したと聞かされる。
一緒に、促進学級に行こうと思っていたのに、残念だった。
彼は、どこでも賢く暮らせるから大丈夫と思いつつ、健康を祈った。

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