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平成の虚無僧一路の日記

落語芝浜 

2010年04月11日 外部ブログ記事
テーマ:テーマ無し



臨済の言葉「随所に主となれ」を、落語の『芝浜』を例に
判りやすく説明してくれた。

酒好きな魚屋の勝は、酒におぼれ、仕事に身が入らぬ日々が続く。
ある朝早く、勝さんは浜辺で財布を拾う。中には 50 両の大金。
自宅に飛び帰り、仲間を呼んで、酒と料理の大判振る舞い。

翌日、二日酔いの勝さんに女房、「こんなに呑んで酒代をどうする
のか」と責める。魚屋は「財布を拾った」と言うが、女房は、
「そんなものは知らない」と言う。魚屋は「夢だったか」と愕然
とし、以来、酒を断ち、心を入れ替えて真剣に働き出す。

懸命に働いた末、身代も増え、やがていっぱしの店を構えることが
出来た三年後の大晦日の夜、魚屋は妻に対してその献身をねぎらい、
頭を下げる。そこで、女房は魚屋に例の財布を見せ、告白する。

あの日、夫から拾った大金を見せられた妻は困惑した。横領すれば
死罪だ。長屋の大家と相談した結果、大家は財布を拾得物として
役所に届け、「財布なぞ最初から拾ってない、夢をみたんだ」と
言い切る事にした。時が経っても遂に落とし主が現れなかったため、
役所から拾い主の魚屋に財布の大金が下げ渡されたのであった。

真相を知った魚屋の勝さんは、妻を責めることはなく、「道を踏外し
そうになった自分を助け、真人間へと立直らせてくれた」と妻に感謝
する。妻は懸命に頑張ってきた夫の労をねぎらい、「久し振りに酒でも」
と勧める。「うん、そうだな、じゃあ、呑むとするか」。しかし思い
立った魚屋、杯を置いて「よそう。また夢になるといけねぇ」


それがオチになっている。私もこの『芝浜』の落語は知っていたが、
ハハと笑っておしまいだった。それを上広会長は「また夢になると
いけねぇ」の意味を深く問いかけられた。

一生懸命頑張ってきたことも“夢”に終わらせてはいけない。
成就したら、さらなる高い目標に向かって努力するのだと。魚屋の
勝は最初は天秤棒を担いでの行商から、まがりなりにもの小さな
店を出し、さらには繁盛する大店(おおだな)にまでなった。それを
さらに大きな店にしていく。そのためにまた杯を置いたのだと。

落語の読みも深まった。

「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

「一休と虚無僧」で別にブログを開いています。

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